だれも、ぼくのことをしらない。きみのなかでぼくは顔のない存在だった。いつでも。ぼくの視界はあしもとだけ。いつもそこで途切れてる。ぼくはいつだって、視線を地面に落としている。深く淀んだ沼のよう。ぼくは足をとられて動けない。汚れた指先で目元を擦る。青く晴れ渡った空が見える。すがすがしく透明に澄んだ風が吹き抜ける。薄紅色の桜のはなびら。ひとさじも、ひとさじも、通り抜ける。ぼくの心の空洞を。胸がくるしい。きみの前でぼくは、言葉に詰まる。今日もまた憂鬱な恋に重たい溜息をついてしまう。ごうごうと激しい音をたてる風。穏やかに空は晴れている。くうきはすこし埃っぽい。柔らかな日差し。深呼吸したらせき込みそうだ。春のかおりは好きじゃない。むせかえるようにあまく、柔らかな憂鬱の嵐。日に日に夜明けは近くなる。明るくなっていく空を見あげながら爪を噛む。春は希望の季節なんてうそだってぼくは春の柔らかさを呪うんだ。いつでも。 100515



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