古いものが好きだ。 時間の止まったような、と表現できるような場所が好きだ。 たとえば廃墟、埃被ったものおき。 だってそれらはいつだってやすらかだ、 いつもやすらかにねむっている。 陽の光や雨の雫、風のにおい。 遠くのほうで木の葉がさわさわと揺れる音がする。柔らかな風。夏のにおい。蝉の鳴き声。 青々とした葉が風に揺れる様だけを見つめると、それはなんだか涼しげだ。 窓を開けて、深呼吸する。暫くぼーっと遠くの景色を眺めながら、蝉の声とか風が木々を揺らす音とか、そういうものに意識を集中させる。鮮やかな日差し。夏は、どんな季節よりも力強い。色とか、においとかも。鮮明に記憶に残る。焼きつけるような。そんな力強さ。 そういう中でも、泡みたいに淡く儚くうっすら消える。そういうきれいなものがところどころにたくさん散らばっている。例えばプールの塩素のにおい、水に足を浸したときの、つまさきの白さ、風で水が波立つ音、遠くの景色を歪める蜃気楼、夜風に揺れる風鈴の音、縁日に泳ぐ金魚、ラムネのビー玉、そのほかもろもろ。 夏に水に携わるものが恋しくなるのは、ただ単純に暑いからだ。それはとても自然なこと。夏には冷たいもの、冬にはあたたかなものが恋しくなる、そしてそれらの季節に相反するものが、引き立って見える。 まるで季節のにおいのように、ひとりになったとき、しみじみと感じる、見たり、聞いたり、においを感じたりすることで、いとおしくおもう。だれもがきっとそういう存在をもとめている。 みんな同じように寂しいくせに、表面だけを愛想笑いや無難な言葉で取り繕ってる。 自分のことは他人の中に持ち込みたいくせに、他人のことは出来る限り自分の中に持ち込みたくない。それってけっきょく、自分だけが欲求を満たしたい、自己中心的な人間ってことだ。 心臓がどくんどくんする。ここのところ、毎日だ。毎日、夜になると、心臓がどくんどくんする。胸が、ぎゅっと締め付けられる。 自由になりたいと思う。自由な環境であればあるほど、自由じゃなくなっていく。これは呪い。わたしにかけられた呪い。 しがらみなく、のびのびと生きていきたいと願うほど、自由じゃなくなっていく。記憶から自由になりたい。 ねえ、むなしいよ、わたし、どうしようもなくむなしい。
(20101114)



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